魂を抜かれ手箱山へ通った堅磐
どんな伝承か
宮地堅磐の『異境備忘録』によれば、父の常磐は厳しい修行で神々に通じるようになり、大山祇命の頼みで土佐国の高山、手箱山を開いてこの神を祀った。その噂をねたむ者たちに訴えられて父が神主を退けられたとき、十歳の堅磐が代わりに神主に召し出されたが、訴えた者が年々死に絶えて父の正しさが明らかになり、父子ともに勤めを許された。このころから父は神法を使って堅磐の魂を体から抜き出し、使いとしてたびたび手箱山へ遣わした。やがて堅磐は大山祇命の取り持ちで少名彦那神に会うことができ、神に伴われていろいろな幽界へ出入りするようになった。堅磐は、これが自分の幽界通いの始まりで、すべて父のおかげだと記している。
原典より
此時より手箱山へは父の我魂を神法を以て脱し使に遣し給ふ事度々にして、終に大山祇命の御執持によりて少名彦那神に見え奉る事を得て、終に伴ひ給ひけるぞ諸の幽界に出入する始めにぞありける。—— 近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年))
『近代日本霊異実録』は、笠井鎮夫が著して昭和四十一年に昭森社から初版を出した、幕末から近代の神憑りと霊異の記録で、ここに収めるのは昭和四十八年に山雅房から出た複刻版である。金光教・黒住教・天理教・大本の教祖の神憑り、井上正鉄の求道、宮地常磐・堅磐父子や河野至道の神仙譚、天狗の弟子寅吉の話、長南年恵の奇跡などを、手記・写本・旧著を引いて語る。全十二録からなり、第一録には金光教に入信した著者の父の手記を収め、巻末にあとがきと著者略歴を置く。