二代つづけて神仙となった祠官父子
どんな伝承か
河野至道より少し後に生まれ、彼よりも高い神仙の位に昇った父子がある。父を宮地常磐(道号布留部)、子を宮地堅磐(道号水位)という。宮地家は日本武尊十五代の後裔宮部信勝に出で、天正年間に初めて土佐の潮江天満宮に奉仕して以来、堅磐の代まで三百五十年、代々同社の祠官を勤めた家柄である。堅磐は嘉永五年十一月八日に潮江村で生まれ、十歳の頃から神仙界に出入する特殊な能力をあらわしたという。その著『異境備忘録』は異境の消息を伝える希書で、堅磐は明治三十七年三月二日、五十三歳でいわゆる尸解して籍を神仙界に移した。
原典より
前記河野至道仙人より少し後に生まれて、彼よりももっと高い神仙の位に昇った父子がある。—— 近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年))
『近代日本霊異実録』は、笠井鎮夫が著して昭和四十一年に昭森社から初版を出した、幕末から近代の神憑りと霊異の記録で、ここに収めるのは昭和四十八年に山雅房から出た複刻版である。金光教・黒住教・天理教・大本の教祖の神憑り、井上正鉄の求道、宮地常磐・堅磐父子や河野至道の神仙譚、天狗の弟子寅吉の話、長南年恵の奇跡などを、手記・写本・旧著を引いて語る。全十二録からなり、第一録には金光教に入信した著者の父の手記を収め、巻末にあとがきと著者略歴を置く。