厄年の参詣で二度鳴った吉備津の釜
どんな伝承か
安政二年、川手文治郎は四十二歳の厄年に当たっていたため、厄払いのつもりで元日に村の氏神へ詣で、一月四日には備後鞆の津の祇園宮、帰りに占見村の大宮を拝んだ。同月十四日には備中の吉備津神社に参って釜に日供を供えたところ、吉凶を占うとされる釜鳴りのおどうじが二度もあった。その日はさらに備前西大寺の観音院でも身の安穏を祈った。ところが三か国の神仏に参り続けたにもかかわらず、四月に喉痺を病んで危篤とされた。のちに神憑りした石鎚神は、吉備津の二度の釜鳴りは病の知らせだったと告げたという。
原典より
越えて同月十四日には、備中の有名な吉備津神社に詣でてお釜に「日供」を献げたが、おどうじ(釜鳴り)が二度もあった。—— 近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年))
『近代日本霊異実録』は、笠井鎮夫が著して昭和四十一年に昭森社から初版を出した、幕末から近代の神憑りと霊異の記録で、ここに収めるのは昭和四十八年に山雅房から出た複刻版である。金光教・黒住教・天理教・大本の教祖の神憑り、井上正鉄の求道、宮地常磐・堅磐父子や河野至道の神仙譚、天狗の弟子寅吉の話、長南年恵の奇跡などを、手記・写本・旧著を引いて語る。全十二録からなり、第一録には金光教に入信した著者の父の手記を収め、巻末にあとがきと著者略歴を置く。