神の秘事を漏らした常磐への咎め
どんな伝承か
宮地常磐は神々から授かった飛行の法を近くの山でひそかに修め、海の上を歩く法も行おうと準備していた。だが不思議な術を授かった嬉しさのあまり、神に口止めされていた秘術を信者たちに語ってしまい、その咎めで明治三年に中風を患い、授かった秘事の多くを忘れた。それでも折にふれて思い出しては人に語ったため、明治十二年には言葉を止められ手足も利かなくなった。子の堅磐が川丹先生や少童君に赦しと平癒を願っても、明治三年に死ぬはずを延ばして言葉を止めたのだと告げられ、叶わなかった。秘事を聞いて真似し自慢した二十九人のうち二十八人は死んだという。
原典より
兼て父の神法を種々神々より授かりて、飛行の法をひそかに近き山に入りて修行し、海上歩行の法をも行はんとして其用意をしけるに、…—— 近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年))
『近代日本霊異実録』は、笠井鎮夫が著して昭和四十一年に昭森社から初版を出した、幕末から近代の神憑りと霊異の記録で、ここに収めるのは昭和四十八年に山雅房から出た複刻版である。金光教・黒住教・天理教・大本の教祖の神憑り、井上正鉄の求道、宮地常磐・堅磐父子や河野至道の神仙譚、天狗の弟子寅吉の話、長南年恵の奇跡などを、手記・写本・旧著を引いて語る。全十二録からなり、第一録には金光教に入信した著者の父の手記を収め、巻末にあとがきと著者略歴を置く。