秋葉を念じて眠るように逝った才一郎
どんな伝承か
明治元年十一月、才一郎は胸の具合が悪いと言って一室に引きこもった。十一日、泰治が、御霊となって御山へ連れて行かれるのではと問うと、才一郎は黙って涙を流し、昨夜そう告げられたと父才亮に明かした。皆が藩主に目通りするまで猶予をと水を浴びて祈ると、明け方に八所の神々や白牛まで現れ、しばらく差し止めるとの沙汰が下った。ところが十三日夕、御山の模様替えのため今晩は霊として連れて行くと告げられ、才一郎は夜明け前に起き直って小声で秋葉を念じ、柏手を打ち、皆様ご苦労さま、これから参りますと言って眠るように息絶えた。遺体は小田井村の法源寺に葬られた。
原典より
この文書を町奉行所へ提出してから一週間目の十一月十三日、天下の霊怪少年沢井才一郎は、天定の時期到来したものか、…—— 近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年))
『近代日本霊異実録』は、笠井鎮夫が著して昭和四十一年に昭森社から初版を出した、幕末から近代の神憑りと霊異の記録で、ここに収めるのは昭和四十八年に山雅房から出た複刻版である。金光教・黒住教・天理教・大本の教祖の神憑り、井上正鉄の求道、宮地常磐・堅磐父子や河野至道の神仙譚、天狗の弟子寅吉の話、長南年恵の奇跡などを、手記・写本・旧著を引いて語る。全十二録からなり、第一録には金光教に入信した著者の父の手記を収め、巻末にあとがきと著者略歴を置く。