深谷の里山に住みついた大親分
どんな伝承か
昭和二十年代、箕作りの松島真佐子さんの一家は、埼玉県中部を漂浪する二、三十世帯の仲間のうち五世帯の組に属し、父の久保田辰三郎さんがその親分格だった。組は春に連れ立って移動し、村に着くと小屋掛けや神社の軒先で寝泊まりし、秋まで行商と修繕に回った。拠点は前半が吉見の百穴、後半が嵐山町菅谷の都幾川の河原であった。当時この一帯のミナオシを束ねた大親分が芦田万吉さんで、仲間からはツルさんと呼ばれた。芦田家は大里郡、いまの深谷市の人家のない里山の裾に勝手に住みつき、村の組合から苦情が出たため土地を買い取った。登記簿では昭和十七年六月に山林を買った記録がある。
原典より
大親分一家のその後生まれた場所にはテント部落があった女傑「おシマおっかあ」女親分の夫のこと第5章 「ホイト岩」の話非定住民の集合場は珍しくなかった佐貫の観音岩洞窟最後の穴居集団だったか—— 村の奇譚 ― 里の遺風(筒井功・民俗・地誌・2018年(平成30年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
村の奇譚 ― 里の遺風(筒井功・民俗・地誌・2018年(平成30年))
『村の奇譚 ― 里の遺風』は、民俗研究者の筒井功が平成三十年に著した民俗探訪記である。修験の里の石室、石風呂と焼き石湯、山中の贋金づくり、箕作りの集団や天幕部落、岩窟に暮らした非定住民、猿と猟師、氷室と風穴、産屋、墓制、安倍晴明の墓、狐憑きと犬神など、各地の村に残る習俗と伝承を、聞き取りと文献の両面からたどる。全十三章で、昭和三十年前後の高知市での見聞から説き起こし、「おわりに」では別の出版社で刊行が見送られた経緯を記す。