鬼の子孫を名乗った八瀬童子
どんな伝承か
八瀬は比叡山北西麓のやや広い範囲を指す地名で、現在の住居表示では八瀬秋元町、八瀬近衛町、八瀬野瀬町、八瀬花尻町の四地域に分かれている。ここの住民は成人しても子供のような童髪のままで、そのため「八瀬童子」と称され、自らを「鬼の子孫」だと名乗っていた。貴人の輿をかつぐ駕與丁を務めるようになったのは後醍醐天皇の時代とされ、室町時代には大葬で棺をかつぐことが少なくなかった。大正天皇の大葬では、ここから一二〇人ほどが出て棺を載せた輿をかついでいる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
村の奇譚 ― 里の遺風(筒井功・民俗・地誌・2018年(平成30年))
『村の奇譚 ― 里の遺風』は、民俗研究者の筒井功が平成三十年に著した民俗探訪記である。修験の里の石室、石風呂と焼き石湯、山中の贋金づくり、箕作りの集団や天幕部落、岩窟に暮らした非定住民、猿と猟師、氷室と風穴、産屋、墓制、安倍晴明の墓、狐憑きと犬神など、各地の村に残る習俗と伝承を、聞き取りと文献の両面からたどる。全十三章で、昭和三十年前後の高知市での見聞から説き起こし、「おわりに」では別の出版社で刊行が見送られた経緯を記す。