利休も湯治した八瀬の窯風呂
どんな伝承か
安土桃山時代から江戸時代にかけて、八瀬は窯風呂の里として著名であった。窯風呂は石風呂の一種だが、ここでは黒木を焼く炭窯にそのまま入浴させた。焼いた炭をかき出したあとの窯の床に濡れた筵を敷き、立ち上る蒸気の中で身を横たえるのである。正徳五年の『京都御役所向大概覚書』には八瀬村の竈風呂が一六軒と見える。豊臣秀吉に切腹を命じられた茶人千利休も、ここに入ったことがあった。千少庵作の茶杓「矢瀬」の添状に「利休矢瀬ノ釜風呂へ湯治仕、少庵見舞ニ参リ」とある。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
村の奇譚 ― 里の遺風(筒井功・民俗・地誌・2018年(平成30年))
『村の奇譚 ― 里の遺風』は、民俗研究者の筒井功が平成三十年に著した民俗探訪記である。修験の里の石室、石風呂と焼き石湯、山中の贋金づくり、箕作りの集団や天幕部落、岩窟に暮らした非定住民、猿と猟師、氷室と風穴、産屋、墓制、安倍晴明の墓、狐憑きと犬神など、各地の村に残る習俗と伝承を、聞き取りと文献の両面からたどる。全十三章で、昭和三十年前後の高知市での見聞から説き起こし、「おわりに」では別の出版社で刊行が見送られた経緯を記す。