八丈富士の三角点で見た金環蝕
どんな伝承か
一九五八年四月十九日、八丈島で金環蝕が見えるというので、語り手は前夜に芝浦港を出る黒潮丸へ乗り込み島へ渡った。月が地球から遠い位置にあるため輪は厚く、肉眼では眩しくて見られない類のものだと承知していたので、偏光レンズを望遠レンズに重ね、カメラで進行を記録することだけに絞った。太陽に近ければ月は大きく見える道理だからと、島の最高所である八丈富士の火口壁、標高八五四メートルの三角点に陣取った。当日はこの島には稀という快晴で、南に青ヶ島まではっきり見えた。蝕が進むと遠くの海が霞み、波打ち際の白い線ばかりが目立ち、風が出て寒さが身にしみたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
山とお化けと自然界(西丸震哉・山岳・怪異エッセイ・昭和(戦後))
西丸震哉『山とお化けと自然界』を篇単位で収録。完全装備で岩小屋前を通過する遭難者の幽霊目撃、木曾御岳の人魂たち、カラステングがタコを食う、亡き兄との交信やテレパシー(死者との通信)、幽霊の仮説・怪談といった山岳怪異譚を軸に、呪い殺しの実験・雨やみの術・日蝕と雨やみの術などの呪術、山の昆虫・メスネコの生涯・ヤマネとムササビ・ミミズク等の自然観察、酒・山旅・会津の秘境/栗駒山密林などの紀行随想を収める。