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押し倒された桜田御門の交番

所在地東京都千代田区(桜田門)
年代明治
登場長田幹彦、秀雄、体験者・著者、著者の兄
出典私の心霊術

どんな伝承か

日清戦争の凱旋で明治天皇が広島の大本営から帰るというので、日比谷の通りに杉葉の大きなアーチが組まれ、十万を超える人が出た。警察医長だった父の縁で、著者は桜田御門の角の交番から行列を迎えることになる。ところが群衆は万歳を叫んで熱狂し、交番は横から押されてあっという間に倒れた。入口が塞がり、中の六人は閉じ込められる。巡査が起こしても土台が壊れていて再び倒れ、二度ほど回って濠へ落ちかかった。著者は引き出されたところで失神し、気づくと門番の小屋へ運ばれていた。死者は四人にのぼったという。

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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

私の心霊術(長田幹彦・1955年(昭和30年))

『私の心霊術』は、長田幹彦が昭和三十年に著した心霊研究の随筆集である。死後に残る霊や地獄・極楽をめぐる考えを述べ、熊本の家系や安達謙蔵との交わり、東京放送局の文芸顧問だったころの回想、霊友会など戦後の新興宗教への批判、前著『霊界』への反響と自らの信仰を語る。「心霊科学の来世観」「霊界の構造」「ぼくの信仰」などの章からなり、末章「ある霊媒の生態」では霊媒服部との実験とそのトリックの顛末を描く。

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