鉄橋の下で見た血しぶき
どんな伝承か
明治二十七年の地震は、著者にとって一番ひどい揺れの体験だった。柔道の稽古着を肩にかつぎ、講道館へ向かって急いでいたときのことである。いまの中央線がまだ甲武鉄道と呼ばれていたころで、その鉄橋が修繕中だった。橋の下まで来かかったとたん、だしぬけにぐらぐらと来た。工夫が二、三人、土手の橋台の上から落ちてくる。はっと思った次の瞬間、目の前でぱっと血が飛び散った。著者は郵便ポストにしがみついたまま、しばらく動くことができなかったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
私の心霊術(長田幹彦・1955年(昭和30年))
『私の心霊術』は、長田幹彦が昭和三十年に著した心霊研究の随筆集である。死後に残る霊や地獄・極楽をめぐる考えを述べ、熊本の家系や安達謙蔵との交わり、東京放送局の文芸顧問だったころの回想、霊友会など戦後の新興宗教への批判、前著『霊界』への反響と自らの信仰を語る。「心霊科学の来世観」「霊界の構造」「ぼくの信仰」などの章からなり、末章「ある霊媒の生態」では霊媒服部との実験とそのトリックの顛末を描く。