番町から消えた波子の細い声
どんな伝承か
番町の川瀬家の娘、波子が夕飯どきに姿を消した。紅鼻緒の駒下駄が無いので外へ出たらしいが、麹町の友だちの家にも、飯田町にも、牛込の山伏町にもいない。町の魚屋は太鼓やドラを叩かせ、神隠しに遭ったから戻せと夜更けの町を触れ歩いた。警視庁の刑事が動いても足取りひとつ掴めない。十日ほど過ぎた夕方、長屋の長松が四つ辻で波子に逢ったと言う。著者が飛び出すと、馬車廻しの木犀のそばに白い着物の女の子が立ち、細い声で著者の名を呼んだ。声がしたと思うともう姿はなく、瓦斯燈だけがぼんやり揺れていた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊界五十年(長田幹彦)
『霊界五十年』は、長田幹彦が自らの心霊体験を一人称でつづった随筆集である。霊媒亀井三郎の実験に立ち会った話に始まり、大正十四年に東京中央放送局で見た変死した技師の霊、自殺者の霊、神隠し、心霊写真、死者の霊との交わりなど、長年にわたって見聞きした出来事を語る。「亀井霊媒の実験」「放送局の幽霊」「霊界夜話」「幽霊のキスマーク」などの短い章を連ね、心霊研究の知人や医師との問答を多く交える。