生駒豊後の奥方と天然痘を治すお玉杓子
どんな伝承か
徳島の寺島から前川へ渡る瀧見橋のたもとに、蜂須賀家の御年寄役生駒豊後の屋敷があった。気丈な奥方が夜遅く厠にいると、下から何者かが毛の黒い手に持ったお玉杓子で尻を撫でようとする。奥方がその手をつかんで引き上げようとすると、相手は許しを乞い、これで撫でればどんな重い天然痘も治ると言ってお玉杓子を差し出した。正体はこのあたりに棲む狸で、もう悪さはしないと誓ったので放してやった。おりしも阿波一帯に天然痘がはやっており、噂を聞いた患者が屋敷に押し寄せると不思議によく効いた。生駒家は狸のおかげだとして屋敷内に祠を建て、新居守の名を与えて祀り、芸者や仲居の信仰を集めたという。
原典より
徳島の寺島から前川の方へ渡るところに瀧見橋といふ橋がある。—— 阿波の狸の話(笠井) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
阿波の狸の話(笠井)
『阿波の狸の話』は、脇町の笠井という著者が、阿波国の各地に伝わる狸の話を集めて書いた本である。狸同士の化かし合い、狸使い、狸憑き、狸医者、狸を祀る祠などを題ごとに分け、郡村名や人名を挙げて、明治・大正の狸憑きの実話やお六つ大明神の信仰の様子も記す。後半に余材追録と、著者が萬福寺で狸に憑かれる人や住職と問答した記録を置き、巻末の「阿波名狸録」で名のある狸を徳島市と各郡の部に分けて並べる。