東照宮の幟を掲げた葬列の仮装
どんな伝承か
慶応三年十一月、藤沢宿でもお札降りに始まる騒ぎが起こった。その様子を堀内郁之助が描いた絵巻に、風変わりな仮装行列の場面がある。額に白い三角の紙をはさんだ葬式衣裳の人物が「日光山東照宮」と書いた幟を持ち、ざんばら髪に鉢巻・帷子姿で白紙をはさんだ棒を持つ六人が続き、そのあとを烏帽子姿の者たちが棺桶を入れた輿をかついで進む。日光東照宮から徳川家、さらに幕府を連想させる葬式を演じたものであり、藤沢宿の民衆も幕府の終末を膚で感じとっていたことを示すという。
原典より
これは日光東照宮から徳川家、さらに幕府を連想させるものであり、その葬式を演じていたのであり、藤沢宿においても、民衆は幕府の終末を膚で感じとっていたことを示すものである。—— ええじゃないか(高木俊輔) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔)
『ええじゃないか』は、幕末維新期の民衆運動を研究してきた高木俊輔が、慶応三年から翌年にかけて広がった「お札降り」と「ええじゃないか」の乱舞を各地の史料からたどった歴史書である。三河吉田での初出から東海道、甲斐、江戸、信濃、伊勢、京都、大坂、中国、淡路、四国まで、日記や記録に残る降札と踊りを国ごとに述べる。概観と東国・西国の四章に続く終章で降札の作為者やおかげ参り、世直しとの関わりを論じ、参考文献を付す。