舟木宗治が見た世直しの仮装
どんな伝承か
京都府会議員をしたことのある舟木宗治は、慶応三年に十七歳であった。後年、幕末の見聞録『五十年の夢―幕末見聞録―』を刊行し、そのなかで「ええじゃないか」の踊りには「近来の不景気時節直しじゃ」として人々が加わったとした。仮装については、あるいは関白、あるいは弁慶・菅公を粧う者もあれば、当時流行の浪士の姿をして両刀をさし、高い下駄をはいて歩く者もいた。これは世直しといって奉行も見ぬふりをしていた、と記している。京都でも「世直し」「世直り」を喜ぶ民衆の意識があったことがうかがえる。
原典より
或は関白、又は弁慶・菅公を粧ふもあれば、当時流行の浪士の姿をして両刀をさして、高き下駄をはきて歩行するもある。—— ええじゃないか(高木俊輔) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔)
『ええじゃないか』は、幕末維新期の民衆運動を研究してきた高木俊輔が、慶応三年から翌年にかけて広がった「お札降り」と「ええじゃないか」の乱舞を各地の史料からたどった歴史書である。三河吉田での初出から東海道、甲斐、江戸、信濃、伊勢、京都、大坂、中国、淡路、四国まで、日記や記録に残る降札と踊りを国ごとに述べる。概観と東国・西国の四章に続く終章で降札の作為者やおかげ参り、世直しとの関わりを論じ、参考文献を付す。