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倉敷から連島へ広がった踊り

所在地岡山県倉敷市連島
年代慶応3年12月10日〜
登場—
出典ええじゃないか

どんな伝承か

備中では浅口郡の船穂が十二月の初旬、倉敷が十二月十日からで、踊りは年を越して一月十日ごろまで続いた。そこから板倉・宮内・庭瀬・連島といった土地へ次々に広がっていったと『連嶋町史』は伝える。近隣では笠岡に天から生首が降ったという話が残り、井原では一月三日に「ええじゃないか踊り」があったという。備前の岡山藩は翌慶応四年正月、札の降った家へ群れ集まって踊りを企てるのは不埒であるとして、咎める旨の触れを出している。

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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

ええじゃないか(高木俊輔)

『ええじゃないか』は、幕末維新期の民衆運動を研究してきた高木俊輔が、慶応三年から翌年にかけて広がった「お札降り」と「ええじゃないか」の乱舞を各地の史料からたどった歴史書である。三河吉田での初出から東海道、甲斐、江戸、信濃、伊勢、京都、大坂、中国、淡路、四国まで、日記や記録に残る降札と踊りを国ごとに述べる。概観と東国・西国の四章に続く終章で降札の作為者やおかげ参り、世直しとの関わりを論じ、参考文献を付す。

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