県守の淵の水虬退治
どんな伝承か
仁徳天皇の六十七年、吉備の中国の川嶋河の分かれ目に大きな水虬が棲みつき、毒気を吐いて、知らずに川へ近づいた旅人をたびたび取り殺した。そこで力と勇気に優れた笠臣の祖の県守が退治に乗り出し、三つの瓢箪を携えて淵に臨んだ。お前に力があるならこの瓢箪を沈めてみよ、沈められなければ悪神として斬ると告げて投げ込むと、水虬は鹿に姿を変えて何度も瓢箪を水中へ引き込もうとしたが、ついに沈められなかった。県守はこれを斬り、人々はその淵を県守の淵と呼ぶようになったという。著者は、ここにはもはや川の神は存在しないと述べている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の妖怪(早川純夫・早川純夫・妖怪史・1973年(昭和48年))
『日本の妖怪』は、早川純夫が一九七三年(昭和四十八年)に著した妖怪史の読み物である。『出雲風土記』『日本書紀』から『日本霊異記』『今昔物語』、江戸の『新著聞集』などの随筆までの古典に記された妖異を、かかわりのある実在の人物や事件とともに古代から近世へ時代順にたどる。全八章で、引用は意訳を交えて『』でくくり、仏教談や霊験談、地方の民話はおおむね除き、第七章には江戸の見聞録から選んだ二十話を並べる。