幼い岡本天明が湯気を拝む
どんな伝承か
のちに日月神示を筆録する岡本天明、本名信之は、備中浅口郡の生まれである。まだよちよち歩きの頃のある寒い日、母親が目を離した隙に門の外で用を足してしまい、そこから白い湯気が立ちのぼるのを見ると、しゃがんだまま何か言いながらしきりに手を合わせて拝んでいたという。仏壇の線香の煙と取り違えたらしく、母親がよく笑いながら話していたと伝わる。著者は、魂の素性が幼いうちから表れた例としてこれを紹介している。
原典より
寒い頃じゃったとみえて、色鮮かな排泄物からホケが立つのを認めたこの坊や、まだしゃがんだまま、何やら物を言いながら頻りに拝んでいたという。—— 日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本神異見聞伝(笠井鎮夫・1974年(昭和49年))
『日本神異見聞伝』は、笠井鎮夫が昭和四十九年に著した霊異の見聞記である。第一篇では、大正期に大本で鎮魂帰神を受けた著者が、霊媒による死者の招霊や狐霊・竜神の託宣、霊石の発掘などを研究会での語りの口調で伝える。第二篇では、慶応三年のええじゃないかのころ尾張・遠江・駿河・美濃・丹後などで起きたお札降りを、旧家の古文書や郷土史家の便り、著者の現地調査から記録している。