生神と呼ばれた千里眼の島一透
どんな伝承か
四、五年前まで、芝愛宕下町に島一透と呼ぶ千里眼が住んでいた。粗衣粗食で名利の念がなく、米を食べずに常に蕎麦粉の類を用いていたという。人が占いを求めて訪ねると、その用向きを言わないうちに胸中を透覚し、「お前はこういう事を訊きに来たのだろう、それはこうである」と、客が問う前に答えてしまう。それがすべて的中したので、生神だと評判された。のちに日光に現れた男千里眼も、山中の生活で術を覚え、同じく米飯を食わず木の実や蕎麦粉を常食としていた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
心霊哲学の現状(高橋五郎・大正時代(1910年代推定))
バイバル夫人の交霊会(心霊哲学の現状)/霊媒術と自動書記/音声による霊界通信/物質化現象/心霊哲学と死後存続論