戸籍調べと異人の脂取りの噂
どんな伝承か
一八七一年(明治四)十二月、土佐で膏取騒動と呼ばれる一揆が起こった。同年四月発布の戸籍法による戸籍調べで家々の門口に屋敷番号札が打たれ、徴兵の準備として戸長が十八から二十歳の男子を調べたことが人々の疑惑を募らせた。折しも高知に洋式の病院が建ち西洋人医師がいて、鉄製の寝台を備えた病室をめぐり「ここが異人が来て脂を取る所で、患者は鉄灸の上で脂を抜かれ、笑い笑い死ぬる」という噂が広まった。文明開化期の血取り・膏取りの流言の一つと位置づけられる。
原典より
この一揆は同年四月に発布された戸籍法にもとづく、戸籍調べに対する懸念・恐怖に端を発して起こったといわれている。—— 幻視する近代空間 ―迷信・病気・座敷牢、あるいは歴史の記憶(川村邦光・1989年(平成元年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
幻視する近代空間 ―迷信・病気・座敷牢、あるいは歴史の記憶(川村邦光・1989年(平成元年))
『幻視する近代空間 ―迷信・病気・座敷牢、あるいは歴史の記憶』は、川村邦光が近代日本の民衆の心性をたどった論考で、あとがきは一九八九年十二月の日付である。明治の「血税一揆」の流言、トラホームと〈迷信〉、狐憑きと精神医学、「脳病」「神経病」、座敷牢と精神病者監護法、芦原将軍の誇大妄想と出口なおの神がかり、祖先教と靖国による霊魂の管理を、新聞記事や民話、医学書、調査報告から読み解く。はじめにの後に三部と終章を置き、あとがきで結ぶ。