関東大震災で噴き上げた相之川の水と砂
どんな伝承か
大正十二年九月一日の関東大地震を相之川の老人たちが語る。亀戸へ海苔や枝豆を売りに行った男は、腹に響く衝撃のあと立っていられず座り込んだ。地元では最初に堤防が切れ、地盤の弱い相之川の交差点から水と砂が太い柱となって噴き上がり、余震が続き皆が屋外にむしろを敷いて寝た。近所の老婆は荷車を引いて今井橋の真ん中で揺れに遭い、三メートルほど落ち込んだ橋から這い上がったという。東京の火災は竜巻のようで浅草からトタンが飛んで来た。井戸に毒を入れたという流言で朝鮮人が殺され、九州訛りの学生も巻き添えになった。両国の被服廠の惨状を東京にいた女が語る。相之川は火事も死者もなく、落ち着いて動くのが肝要だと結ぶ。
原典より
大正十二年九月一日午前十一時五十八分、相模湾を震源地とするマグニチュード七、六の関東大地震のもようを語っていただきましょう。—— 市川の伝承民話 第1集(市川民話の会・市川の伝承民話・1980年(昭和55年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
市川の伝承民話 第1集(市川民話の会・市川の伝承民話・1980年(昭和55年))
『市川の伝承民話 第1集』は、市川民話の会が昭和五十五年に編んだ民話の資料集である。市川市教育委員会の事業として昭和五十四年度に千葉県市川市の国分・北国分・行徳・南行徳で行った採訪調査のうち、テープ起こしを終えた語りを、方言も残して話者の息継ぎのままに記録している。世間話・伝説・昔話・唄・生活譚の五部に分けて地区別に並べ、話末に話者・地区・記録者の名を添える。