持ち込まれた乾板と第三回念写実験
どんな伝承か
大正二年五月一〇日の夜、福来友吉の家で高橋貞子による三回目の念写実験が行われた。立会人には東京帝大の井上哲次郎らが集まり、門と玄関は閉ざされた。夫の宮二は、長尾郁子のときのように余計な乾板を持ち込まれては困ると言って持ち物を調べ、能力者側の立会人が机の下から新聞に包まれた乾板を見つけると、宮二はそれを溝に投げ捨てた。四枚ずつ三包みに分けた十二枚の乾板を前に、法華宗の信者の貞子は精神を統一し、写りましたと言って倒れ伏した。現像すると上の包みに三本の指の形、中の包みに金と天の字が現れ、福来は貞子の前に手をついて涙ながらに礼を述べたという。
原典より
ところが、佐藤が机の下から新聞包みをつかみだし、「これは何だ!」と叫んだのである。—— 霊術家の饗宴(井村宏次・井村宏次・霊術研究・1983年(昭和58年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊術家の饗宴(井村宏次・井村宏次・霊術研究・1983年(昭和58年))
『霊術家の饗宴』は、井村宏次が一九八三年に著した近代日本の霊術家の歴史である。明治から昭和初めにかけて、気合術・催眠術・霊子術などで民衆の病や苦しみを救おうとした霊術家たちの運動を、当時の新聞記事や刊行物、関係者の家族への取材をもとにたどる。プロローグと六章、エピローグからなり、浜口熊嶽、桑原天然、福来友吉と千里眼事件、太霊道の田中守平を章ごとに取りあげ、霊術ブームと取締法による衰退までを描く。