福来邸の念写実験と勝利宣言
どんな伝承か
大正二年二月一三日の夜、催眠を好む高橋宮二は、念写の力が開いた妻貞子の写真を携えて小石川大塚町の福来邸を訪ねた。互いに疑い合って空気は重かったが、福来の真剣な説明に心を動かされた宮二は協力を決める。実験は三回行われ、四月二七日には重ねた三枚の乾板の中央に妙法の二字が現れた。五月一〇日の第三回では、机の下から持ち込まれた乾板の包みが見つかって溝に捨て、門を閉ざして臨んだ。貞子が念じると乾板に三本の指の形と金と天の字が写り、福来は涙を流して礼を述べた。同年八月、福来は『透視と念写』で透視も念写も事実だと宣言した。
原典より
続いて「高橋夫人、万才!」という大声と拍手が現像室でおこった。—— 霊術家の饗宴(井村宏次・井村宏次・霊術研究・1983年(昭和58年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊術家の饗宴(井村宏次・井村宏次・霊術研究・1983年(昭和58年))
『霊術家の饗宴』は、井村宏次が一九八三年に著した近代日本の霊術家の歴史である。明治から昭和初めにかけて、気合術・催眠術・霊子術などで民衆の病や苦しみを救おうとした霊術家たちの運動を、当時の新聞記事や刊行物、関係者の家族への取材をもとにたどる。プロローグと六章、エピローグからなり、浜口熊嶽、桑原天然、福来友吉と千里眼事件、太霊道の田中守平を章ごとに取りあげ、霊術ブームと取締法による衰退までを描く。