薬毒と説かれ医者を絶った妻の死
どんな伝承か
山形市霞城町城北に住む菓子外交員南文夫の妻なかは、昭和二六年一〇月から肝臓と膀胱を悪くし、一一月に済生館へ入院して手術を受けようとしていた。そこへ寒河江病院の看護婦船山しうから、奇蹟的に病が治る神様があると勧められ、入院をやめて八日町東にある教団の分派支部へ通い、祈禱を受けた。会長代理の羽島は、病院の注射や投薬は薬毒でかえって害になると説き、護符代三〇〇〇円を納めさせた。病は進むいっぽうで、悪化してから医者にかかったが及ばず、なかは六月一八日に死亡した。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
現代の迷信(今野圓輔・今野圓輔・民俗学・昭和(高度成長期))
民俗学者・今野圓輔が高度成長期の日本に残る迷信を社会派ルポとして告発・分析した一冊。序章では、静岡県掛川市で異性双生児を畜生腹と恥じた母親の母子心中事件、青森県三本木市でキツネ落としと称して女を火あぶりにした殺人事件など、迷信が現代も殺人・心中を生む『黒い習俗』を突きつける。