妻夫会が丙午迷信に反論
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どんな伝承か
丙午生まれの女は気性が激しく多淫で、七人の夫を食うという迷信は、一八世紀ごろからひどくなり、明治三九年の丙午まで根強く影響を残した。これに反して、昭和二十九年、福岡県八幡市では明治三九年の丙午生まれの婦人たちが音頭をとり、十五組の夫婦が親睦団体「妻夫会」を結成した。「おたがいに亭主たちは喰い殺されもせず、ちゃんとしているじゃありませんか」と気炎をあげ、丙午の迷信に身をもって反証してみせたのである。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
現代の迷信(今野圓輔・今野圓輔・民俗学・昭和(高度成長期))
民俗学者・今野圓輔が高度成長期の日本に残る迷信を社会派ルポとして告発・分析した一冊。序章では、静岡県掛川市で異性双生児を畜生腹と恥じた母親の母子心中事件、青森県三本木市でキツネ落としと称して女を火あぶりにした殺人事件など、迷信が現代も殺人・心中を生む『黒い習俗』を突きつける。
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