千歳山の松の精に操を立てた阿古耶
どんな伝承か
文武天皇の頃、羽前の国司藤原豊光の娘阿古耶が秋の宵に琴を弾いていると、どこからか澄んだ笛の音が応えた。笛の主は千歳山の麓に住む名取太郎という緑の狩衣の若者で、二人は想い合う仲になった。ある夜、若者は自分の命は明日限りだと告げて消え、障子には松の影だけが残った。その頃、洪水で壊れた名取川の橋を架け直すため千歳山の老松が伐られたが、車がどうしても動かない。阿古耶が松に手を添えて曳くと動き出し、阿古耶は生涯この松に操を立てたという。
原典より
さつと映ったものは障子に怪しい松の木の影ばかりでありました。—— 佐々木喜善全集 1(佐々木喜善・佐々木喜善全集・1986年(昭和61年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
佐々木喜善全集 1(佐々木喜善・佐々木喜善全集・1986年(昭和61年))
『佐々木喜善全集 1』は、佐々木喜善の著作を遠野市立博物館が編集・発行し、昭和六十一年に刊行した全集の第一巻である。岩手県の遠野・江刺・紫波・岩手などで聞き集めたザシキワラシの話、昔話、伝説を、村の古老や知友からの聞き書きと手紙による報告をもとに収める。「奥州のザシキワラシの話」「江刺郡昔話」「紫波郡昔話」「東奥異聞」「老媼夜譚」「聴耳草紙」に小篇を加えて並べ、巻末に遠野市教育長の跋と奥付を置く。