乱獅子荒五郎の毒殺と遺品
どんな伝承か
乱獅子荒五郎は前話の石工松森甚兵衛の息子であったという。文化の頃の人らしい。力士になってからも余りに力量があるため、同僚から度々毒を盛られたが、体力が旺盛なので何ともなかった。ところが奥州白河で、当時の名力士秀の山という江戸角力の悪計にかかり、毒酒をたらふく呑まされてこの時に死んだ。十七歳で郷里を出たきり帰らなかったが、白河からは彼の下駄と煙管とが生家に戻った。この二品の偉大なことは常人が魂消るほどで、今も彼の生家である松森という家にあるという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
佐々木喜善全集 1(佐々木喜善・佐々木喜善全集・1986年(昭和61年))
『佐々木喜善全集 1』は、佐々木喜善の著作を遠野市立博物館が編集・発行し、昭和六十一年に刊行した全集の第一巻である。岩手県の遠野・江刺・紫波・岩手などで聞き集めたザシキワラシの話、昔話、伝説を、村の古老や知友からの聞き書きと手紙による報告をもとに収める。「奥州のザシキワラシの話」「江刺郡昔話」「紫波郡昔話」「東奥異聞」「老媼夜譚」「聴耳草紙」に小篇を加えて並べ、巻末に遠野市教育長の跋と奥付を置く。