嫌われ者の孝七を村人が殺して馬棄場に埋めた年
どんな伝承か
文化九年というから、およそ一七〇数年前のことである。寺崎に孝七という無宿の浮浪者がいて、こそどろのような悪事ばかりするので村人一同は憎み困り果て、名主らの相談の末に殺すことになった。村中総出で探し、城の九頭龍権現の境内で昼寝をしていたところを突き刺し、引きずり回して馬棄場に埋めた。ところがその年、寺崎にエキリが流行し、寺崎小町と呼ばれた名主の娘をはじめ村人が次々と死んで、村が絶えるかと思われた。見知らぬ人が来て、人を馬棄場に埋めたたたりだから所を清めて祀れと告げたので、六所権現の境内にあざみ権現として祀ったところ、患者は一人残らずたちまち治り、以後寺崎にエキリが伝染することはなかったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
佐倉市史 民俗編――伝説・怪異(佐倉市(編)・佐倉市史・自治体史(民俗))
『佐倉市史 民俗編』第八章口承文芸所収の伝説・怪異。千葉県佐倉市に伝わる口承を採録する。