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病苦から広がった宮古の新宗教

所在地岩手県宮古市
年代昭和
登場天理教、創価学会、霊友会ら
出典宮古市史 民俗編 上巻――民間宗教者・俗信・妖怪

どんな伝承か

近世以降、宮古には外来文化の一つとして新宗教が流入した。とくに天理教が盛んで、市内に一〇か所の分教会と四か所の布教所があり、それぞれが異なる系列の布教によって設立されている。信者はほとんどが女性で年齢層が高く、初代信者の入信動機は九九パーセントが病苦によるという。明治二八年に盛岡から宮古へ入った布教は明治三四年に宮古分教会となり、一関から来た布教は長沢の地に宣教所を開いて下閉伊分教会となった。静岡の伊東から来た二人の宣教師は、宮古・釜石・白浜・吉里吉里・船越・重茂の六か所に宣教所を作った。設立当時は反対運動が激しく、初代教会長は何度も投獄されたという。

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出典の文献について

宮古市史 民俗編 上巻――民間宗教者・俗信・妖怪(宮古市(編)・宮古市史)

『宮古市史 民俗編 上巻――民間宗教者・俗信・妖怪』は、宮古市の市史のうち、民俗編上巻の第四節「民間宗教者」と第五節「民間医療と俗信」を収めたものである。南部藩の宗門帳などの古文書から閉伊郡の山伏・神子・瞽女と里修験の成り立ちをたどり、イタコ・カミツキと呼ばれる巫女の系統、新宗教、民間薬、予兆・占い・まじない・禁忌を述べる。俗信の末尾には座敷童子・カッパ・キツネ・モウコ(幽霊)・オシラサマなどの話を、地区名を添えて箇条で並べる。

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