抱きとめた三鈷寺の阿弥陀
どんな伝承か
山城国乙訓郡の三鈷寺の阿弥陀は、抱止如来と呼ばれる。宇都宮頼綱、出家して蓮生と名のった人は、生身の阿弥陀を拝みたいと願い、あるとき仏前で一心に声高く念仏していた。思わず目を閉じると、如来と菩薩たちが姿をあらわし、やがて聖衆とともに飛び去ろうとしたので、名残を惜しんで抱きついた。我に返ってみると、抱きとめていたのはいつも拝む本尊だったという。貞永元年八月十五日の夜のことと伝わる。
原典より
正しく本師を止奉りしと覚えて、是を見るに即ち恒に念ずる所の本尊なり、仍て世人抱止如来と称す、時に貞永元年八月十五日夜なり。—— 迷信の研究(富士川游(監修)・富士川游・医学史/迷信研究・1932年(昭和7年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
迷信の研究(富士川游(監修)・富士川游・医学史/迷信研究・1932年(昭和7年))
『迷信の研究』は、富士川游が東京の中山文化研究所で監修し、昭和七年二月の緒言を付して世に出した迷信の解説書である。迷信を思考の錯誤ととらえ、その発生の由来を説いたうえで、身体・精神・疾病・妊娠と出産・育児・禁厭・相法・卜占・天文と暦・犯罪・宗教の欄ごとに迷信の事例を挙げ、科学的な説明を加える。同研究所の展覧会に使った説明のポスターをもとに簡潔にまとめ、巻末の奥書に参照した独逸と日本の文献を掲げる。