手賀公の墓
どんな伝承か
手賀村柏作にある手賀公の墓には数多くの五輪塔が並ぶ。石塔には原筑前守(天賢源清大居士)、天正十六年九月二十六日に没した平胤親、宝永四年九月二十七日に没した原源兵衛尉平胤通、さらに布川城主紀伊守の息女で延宝七年十月十一日に没した月桂妙庵大禅定尼の名が明らかに刻まれている。なお我孫子町の都部にも手賀公の石塔が三基あり、その碑名は正泉寺の項に記されている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
相馬伝説集(寺田喜久(狂花)・相馬郷土研究・1922年(大正11年))
『相馬伝説集』は、寺田狂花が著し、大正十一年二月の自序を付した下総相馬地方の伝説集である。北相馬郡の小文間・布川・取手・守谷などを中心に、平将門や一色宮内にまつわる伝承、寺社の縁起、城址や墓碑、相馬霊場の札所を記し、猿島郡・結城郡・東葛飾郡などの伝説にも及ぶ。巻頭に緒言と坂巻湖舟の序・自序を置き、「△」を付けた小項目を土地ごとに並べ、『相馬日記』『下総旧事考』などの記事を引き、相馬の俗信も書き留めている。