青葉城の石垣を登り切った小姓
どんな伝承か
仙台の青葉城は山の上に築かれた城で、正面の大手門の右手には高い石垣がそびえている。あるとき城主から、この石垣をよじ登りきった者には手厚い褒美を与えるので挑んでみよ、というお触れが出た。何人もが挑んでは登れずに終わったが、やがて一人の若者がついに登りきった。城主のそば近くに仕える小姓で、手には自分で工夫した鉄の道具を携えており、それを頼りに岩肌をよじ登ったのである。小姓はいったん大いに称えられたものの、これほど悪知恵の回る者は先々が案じられるという理由で、のちに斬られてしまったと伝わる。並外れた技を持つ者が危ぶまれた時代の話として語られている。
原典より
一応は異常な賞識を博しましたが、斯様な奸智に長けた者は将来が不安であるといふ趣旨を以て、誅せられてしまつた、といふ話があります。—— 科学的教養(小泉丹・小泉丹・科学論・1948年(昭和23年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
科学的教養(小泉丹・小泉丹・科学論・1948年(昭和23年))
『科学的教養』は、小泉丹が昭和二十三年に春秋社から刊行した、科学的なものの見方を説く評論である。精確さ・合理性・実証の面から科学的と非科学的の違いを論じ、河童の記録や呪いの効き目、『耳袋』の怪異談、狐憑き、幽霊・化物屋敷、人魂・鬼火・怪火を例に、日本人のものの考え方を検討する。昭和十七年に書いた前版を戦後に改稿したもので、序と起序に続く七章から成り、旧稿の終わりの二章を除いたと序に記す。