白井祐筆の一番首吟味
どんな伝承か
伊藤梅宇の『見聞談叢』第五巻に次の一条がある。大阪の陣で、木村長門守重成の家来松浦弥右衛門と、堀田図書勝嘉の家来浅部清兵衛が、ともに敵を斬って首を取った。秀頼公の右筆白井甚右衛門がその日の首帳の役であった。松浦が早く首を持ち来たって一番と記せと言ったが、白井は「首一つ松浦弥右衛門」と書くだけで一番とは記さない。松浦が怒っても聞き入れなかった。そこへ浅部が首一つを持って来る。白井が詮議すると、浅部が首を取った場所は松浦より首帳の場から遠く、しかも取った時刻は松浦よりことのほか早い。その証拠が分明であるため、白井は浅部を一番と記したという。到着順ではなく現場からの距離と所要時間を考慮した判断である。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
科学的教養(小泉丹・小泉丹・科学論・1948年(昭和23年))
『科学的教養』は、小泉丹が昭和二十三年に春秋社から刊行した、科学的なものの見方を説く評論である。精確さ・合理性・実証の面から科学的と非科学的の違いを論じ、河童の記録や呪いの効き目、『耳袋』の怪異談、狐憑き、幽霊・化物屋敷、人魂・鬼火・怪火を例に、日本人のものの考え方を検討する。昭和十七年に書いた前版を戦後に改稿したもので、序と起序に続く七章から成り、旧稿の終わりの二章を除いたと序に記す。