幼子を抱く老女姿の市姫社の神像
どんな伝承か
市の守り神は古くから女神とされ、市姫とも呼ばれた。『月堂見聞録』には、享保年間に京都五条の市姫社で開帳が行われたことが記されている。そのとき人々に拝まれた神像は、高さ二尺五、六寸ほどの座った像で、年老いた女が左のふところに幼い子を抱いた姿であったという。宗像の三女神を東西の市に祭ったのが文献に見える最も早い例とされ、市神を女の神として敬う信仰の一端を示す記録として挙げられている。
原典より
また『月堂見聞録』には享保年間(一七一六一一七三五) 京都五条の市姫社の開帳のことをしるし、その神像は丈二尺五・六寸の座像で、老女が左のふところに小児を抱く姿であったとしるしてある。—— 日本民俗学大系 第8巻――信仰と民俗(原田敏明・池上廣正・堀一郎ほか) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本民俗学大系 第8巻――信仰と民俗(原田敏明・池上廣正・堀一郎ほか)
『日本民俗学大系 第8巻――信仰と民俗』は、原田敏明・池上廣正・堀一郎ら十二人の執筆者による論文集である。民間に伝わる神と霊の観念、家や村の氏神、職業の神、祭りの日取りと組織、憑きものや妖怪を題材に、各地の調査報告や古記録に見える事例を引いて論じる。原田の総説に始まる十七編からなり、後半では修験道・庚申信仰・キリシタン・新興宗教と民間信仰とのかかわりを扱う。