恨みの炎に焼かれる吉野の鬼
どんな伝承か
吉野山の日蔵の君が吉野の奥で修行していると、身の丈七尺ほどの鬼に出会った。体は紺青色、髪は火のように赤く、首は細く胸骨が浮き出し、腹がふくれて脛は細い。鬼は手を組んで泣きながら語った。自分は四、五百年前に人に恨みを残して死んでこの身となり、敵を取り殺したうえ子や孫、玄孫まで殺し尽くした。もう殺す相手もいないのに恨みの炎だけは燃え続け、果てしない苦しみを受けている。こんな心を起こさなければ極楽にも天上にも生まれたものをと嘆くうち、頭上から炎が燃え出し、鬼は山の奥へ去った。日蔵は哀れに思い、罪が消えるよう供養したという。
原典より
これは何事する鬼ぞこ問へばこの鬼涙にむせびながら申すやう、我はこの四五百年を過ぎての昔人にて候ひしが人のために怨を残して今はかる鬼の身こなりて候ふ。—— 動物妖怪譚(日野巌・日野巌・動物妖怪譚・1926年(大正15年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
動物妖怪譚(日野巌・日野巌・動物妖怪譚・1926年(大正15年))
『動物妖怪譚』は、日野巌が大正六年に筆を起こし、大正十一年の跋と大正十五年の再記を添えて著した伝説の動物の研究書である。鬼・天狗・河童・人魚・雪女・龍・雷獣・狐・狸・獏・鯰・猫など二十六の項目を立て、記紀や万葉集から近世の随筆までの記事を原文の引用ごと示して起源と変遷をたどり、動物学の知識で正体を考える。總論で起原・歴史的変遷・分類などを論じ、結論では迷信から科学へ近づくことを説いて閉じる。