狩場の恩を江戸で返した越前の狐
どんな伝承か
江戸砂子に、石翁老人の語った話が載る。貞享のころ越前の大守が三日三晩の大狩りを催し、家臣の熊谷安左衛門が先手を務めた。前夜、庭先に土地の狐の長と名乗る者が来て、一族を見逃してほしいと願う。安左衛門が、主命だから手加減はできぬが目印はあるかと問うと、みな尾の先が白いと答えた。大守に申し上げて尾の白い狐は見逃すことになり、十匹ほどが命を拾った。のちに安左衛門は浪人して江戸に住む。近所の小伝馬町の障子作りが急に狂乱し、越前の狐で熊谷殿を守りに来たと口走った。呼ばれた安左衛門に平伏して狩場の恩を述べると狐は離れ、安左衛門は紺屋町に小さな宮を設けて稲荷として祀ったという。
原典より
かの狐付大きに平伏し狩場の厚恩を報ぜんこ守護のために來れりこ云ひて、すみやかにさりぬ。—— 動物妖怪譚(日野巌・日野巌・動物妖怪譚・1926年(大正15年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
動物妖怪譚(日野巌・日野巌・動物妖怪譚・1926年(大正15年))
『動物妖怪譚』は、日野巌が大正六年に筆を起こし、大正十一年の跋と大正十五年の再記を添えて著した伝説の動物の研究書である。鬼・天狗・河童・人魚・雪女・龍・雷獣・狐・狸・獏・鯰・猫など二十六の項目を立て、記紀や万葉集から近世の随筆までの記事を原文の引用ごと示して起源と変遷をたどり、動物学の知識で正体を考える。總論で起原・歴史的変遷・分類などを論じ、結論では迷信から科学へ近づくことを説いて閉じる。