高倉泰通の屋敷で常に化けた狐
どんな伝承か
『古今著聞集』に、大納言高倉泰通が狐狩りをしようとして取りやめた話がある。「大納言泰通卿の五条坊門高倉の亭は、父侍従大納言の家にてふるき所也。相つづきてすまれける程に、狐おほく常にばけけり」とあり、常に化けたというのがどのようなことであったかは記事がない。著者は、狐は山よりむしろ平地に多く、集団部落に接近して巣穴を営み、群れをなすことも多い動物であるとし、昔は田舎はもちろん都会でも外郭地域では稀ではなく、広い庭地などに住んでしばしば人の目にも入ったと述べる。すなわち京中でも古い屋敷内にたくさんの狐が棲んでいたのだと説明している。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
科学的教養(小泉丹・小泉丹・科学論・1948年(昭和23年))
『科学的教養』は、小泉丹が昭和二十三年に春秋社から刊行した、科学的なものの見方を説く評論である。精確さ・合理性・実証の面から科学的と非科学的の違いを論じ、河童の記録や呪いの効き目、『耳袋』の怪異談、狐憑き、幽霊・化物屋敷、人魂・鬼火・怪火を例に、日本人のものの考え方を検討する。昭和十七年に書いた前版を戦後に改稿したもので、序と起序に続く七章から成り、旧稿の終わりの二章を除いたと序に記す。