大津の宿で村人に別れを告げた老狐
どんな伝承か
塩尻によれば、濃州安八郡春辺村の富農井上与三次郎の家の裏庭に、板金立正、別号梅庵と名乗る老狐が長く住んでいた。代々の当主や村人とも言葉を交わし、字をよく書き、禅を語り、医術にも通じていた。ある時ふいに姿を消し、家の者が嘆いていると、京へ上った同じ村の者が近江の大津の宿場でこの狐に出会った。狐は、都に移る事情ができたが告げれば悲しませると思い黙って去った、年老いて死期も近く再会できないのが悲しいと涙を流した。そして一筆書いて日頃の厚情を謝し、井上の子らに孝行と学問を怠るなと伝えてくれと、手を握って別れた。村人が帰って語ると、家中も村中も泣いたという。
原典より
唯再會無き事を悲しむこて落涙し一筆書き、日頃厚情に謝し井上が子供にもよく孝し給へ必ず學問怠り給ふなこ申させ給へこて手を握りて別れしが、…—— 動物妖怪譚(日野巌・日野巌・動物妖怪譚・1926年(大正15年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
動物妖怪譚(日野巌・日野巌・動物妖怪譚・1926年(大正15年))
『動物妖怪譚』は、日野巌が大正六年に筆を起こし、大正十一年の跋と大正十五年の再記を添えて著した伝説の動物の研究書である。鬼・天狗・河童・人魚・雪女・龍・雷獣・狐・狸・獏・鯰・猫など二十六の項目を立て、記紀や万葉集から近世の随筆までの記事を原文の引用ごと示して起源と変遷をたどり、動物学の知識で正体を考える。總論で起原・歴史的変遷・分類などを論じ、結論では迷信から科学へ近づくことを説いて閉じる。