松明の列に化かされた斥候
どんな伝承か
慶応四年の秋田征伐の頃、仙台藩の軍兵は攻撃に先立って市野々や下嵐江に分宿し、進撃命令を待っていた。ある夜、斥候の一人が谷間の細道を下りて来る松明の灯を見つけた。一つと思った灯は二つ三つと増え、見る間に数え切れないほどになって静かに近づいて来る。秋田藩兵だと思い込んだ斥候は大砲もほったらかして本隊に逃げ帰った。本隊は待機したが攻撃はなく、探らせると狐一匹出て来ない静かさで、そこで初めて狐に化かされたと分かった。前日、退屈した尖兵隊の者が近くの狐穴に石を投げ込む悪戯をしていたのである。その穴はアマ沼のコンコッ坊と呼ばれ、老狐が何百という狐を率いる場所として敬遠されていた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
胆沢町史 11(民俗編4)――口承・伝説(胆沢町(編)・胆沢町史)
『胆沢町史 11(民俗編4)――口承・伝説』は、胆沢町の町史民俗編の一冊のうち、第四章「口承・伝説」を収めたものである。第一節は松浦佐用姫と高山掃部長者の伝説を扱い、胆沢・水沢周辺の伝説地を列挙したうえで、町内に伝わる佐夜姫の本地物の写本や『南部叢書』所載の「奥州胆沢高山実伝」を翻刻する。第二節「いさわの昔話」は大蛇・狐・むじな・飢饉・戦後の怪異などの話を番号順に並べ、第三節「いろいろな昔話」へと続く。