天暦の宮中日記に並ぶ凶事と女鬼
どんな伝承か
著者は天暦元年から天徳二年にかけての宮中の出来事を日記の体裁で抜き出し、村上帝の時代の不穏な空気を描く。伯耆国から武装した一団が百姓の屋敷を焼いたとの報告が届き、左近衛府の犬が死人の頭や片手をくわえて内裏に入ったため、穢れの札が立てられた。大風で官舎が倒れ、疱瘡が流行して若い男女が多く患い、女御も亡くなった。勧学院の椎の木が理由もなく折れ、太陽が二つ現れ、朱雀院の南池に龍の頭のようなものが見えたともいう。強盗の横行や季節外れの氷雪も続き、ついには待賢門の前で狂女が死人の頭を取って食べ、門前に伏す病人が生きながら食われるようになり、人々はこれを女鬼と呼んだという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の妖怪(早川純夫・早川純夫・妖怪史・1973年(昭和48年))
『日本の妖怪』は、早川純夫が一九七三年(昭和四十八年)に著した妖怪史の読み物である。『出雲風土記』『日本書紀』から『日本霊異記』『今昔物語』、江戸の『新著聞集』などの随筆までの古典に記された妖異を、かかわりのある実在の人物や事件とともに古代から近世へ時代順にたどる。全八章で、引用は意訳を交えて『』でくくり、仏教談や霊験談、地方の民話はおおむね除き、第七章には江戸の見聞録から選んだ二十話を並べる。