阿佐名の僧の来ない葬儀
どんな伝承か
東祖谷山村の奥まった阿佐名では、家柄の小さな家に死人が出ても、葬儀の場へ僧が来ることはなかったという。僧が姿を見せるのは盆などの追善供養の折だけである。霊だけの葬送を営めたのが部落の中等以上の家に限られたと伝わるのも、寺が庶民の葬りに手をつけはじめた頃、僧の足を得られない家が多かったためではないかと著者は見る。冬は雪が深く、迎えの者はかんじきを履いて来られても住職はすぐには動けない。そうしたときは寺から紙片をもらって埋葬を先にすませ、後日都合のついた日に霊を中心とした葬式を営んだ。隣の那賀郡木頭村でも、僧は葬儀に出ず、四十九日や年忌の席で初めて引導を渡したという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊魂の行方(最上孝敬・最上孝敬・葬送民俗・1984年(昭和59年))
『霊魂の行方』は、最上孝敬の葬送習俗に関する論説を集め、名著出版が昭和五十九年に刊行した論集である。死者の霊を家から送り出す霊送りやカラダビ、骨掛け、男女別墓制と半檀家、無縁仏、盆と施餓鬼、葬儀の水など、千葉・埼玉をはじめ各地で聞き取った習俗と既刊の報告をもとに論じる。「霊送りとその周辺」「葬送の諸問題」「葬祭の民俗」の三章に二十八篇を収め、巻末に初出一覧、大島建彦の解説、年譜、著作目録を付す。