魂鎮めの石で建てた豊臣家供養塔
どんな伝承か
大阪城で戦死者の回向を試みたあと身内に不幸が続いた宇佐美景堂は、大衆の霊は大衆の力で鎮めるべきだと考え、友人知己に自然石を一個ずつ寄進してもらい、大阪城の戦死者の鎮め石にしようとした。こうして集めた魂鎮めの石で、数年後、豊臣家の供養塔を京都府亀岡市の郊外に建てたという。昭和三十一年の春、天地玄霊教団の協力を得て頼政山に建立されたこの供養塔によって、豊臣家の供養はようやく落着した。
原典より
豊臣家の供養は、昭和三一年春、天地玄霊教団の協力により、魂鎮めの石を集めた供養塔を京都府亀岡市郊外の頼政山に建立することで落着する。—— 鎮魂行法論――近代神道世界の霊魂論と身体論(津城寛文・津城寛文・宗教学) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
鎮魂行法論――近代神道世界の霊魂論と身体論(津城寛文・津城寛文・宗教学)
『鎮魂行法論――近代神道世界の霊魂論と身体論』は、津城寛文が著し、春秋社から刊行された宗教学の研究書である。本田親徳・出口王仁三郎・浅野和三郎・友清歓真・川面凡児・田中治吾平・宮地水位など、近代以降の神道界とその周辺に現れた鎮魂行法家の系譜をたどり、その鎮魂帰神説や霊魂観をシャーマニズム研究の観点から整理する。序章と全七章からなり、第一章で行法家の群像を描き、第七章では「宗教的身体境界」の考え方によって鎮魂行法を類型化する。