成田山で不動に剣を呑まされた祐天
どんな伝承か
増上寺第三十六代住職の祐天は、将軍綱吉と生母桂昌院の帰依を受け、数々の霊験で知られた江戸期の名僧である。幼くして出家したが物覚えが悪く、経を教わってもすぐ忘れ、思い詰めて死まで考えた。諭されて成田山で決死の参籠をし、断食を続けて生死の境に至ると不動明王が現れ、長短二振りの剣を示してどちらかを選べと告げた。祐天が長いほうを選ぶと、不動はそれを口の中へ押し込み、以来祐天は仏の智慧を得たという。のちに下総国飯沼で累の霊を成仏させた話が名高く、説法が巧みだったため、火葬しても舌だけが焼け残ったと伝わる。
原典より
祐天が長いほうを選ぶと、不動はそれを祐天の口のなかに押し込んだ。—— 呪術と占いの日本史(渋谷申博・瓜生中・呪術・占い史・1992年(平成4年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
呪術と占いの日本史(渋谷申博・瓜生中・呪術・占い史・1992年(平成4年))
『呪術と占いの日本史』は、渋谷申博・瓜生中が平成四年に著した日本呪術史の概説書である。縄文の屈葬や土偶、卑弥呼の鬼道から中世の呪詛、近世のおかげ参りと「ええじゃないか」を経て、明治の神仏分離と修験・祈禱の禁止までを、記紀や史書の記事と民俗の断片から拾い上げる。古代・中世二章・近世の四章を小項目に分けて立て、表の歴史に現れない民間信仰を「闇」の系譜としてたどる。