二度の大火に焼け残った地蔵堂
どんな伝承か
明治九年三月の宵節句の晩、壷下村の下手から出た火が二十九軒をひとなめに焼き、地蔵堂の境内で止まって、東の六軒だけが焼け残った。村人は地蔵が消し止めてくださったと信じ、毎年例祭を営み火伏せの祈りを欠かさなくなった。ところが終戦後に人心が動揺し、三月十三日の火伏せ祈願祭も行えず地蔵に餅も上げられなかった。すると昭和二十一年五月五日、地蔵堂の隣家から不審火が出て、明治の大火に焼け残った六軒だけが焼け、火焔の中で地蔵堂だけが残ったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
猪苗代町史 第2集(民俗編)――昔話と伝説(猪苗代町(編)・猪苗代町史・自治体史(民俗))
福島県猪苗代町(会津)に伝わる口承を語り手付きで網羅する。昔話は猫と単・ほととぎす・かちかち山・猿蟹合戦などの動物昔話、五月節句の菖蒲とよもぎ・澄子と清子・朝鮮の桃太郎・話三両・亀ヶ城の女中の一つ目小僧・花咲爺さん・竹の子童子・猿むこ入り・笠地蔵・こぶ取り爺さん・姥捨て山・片目の爺さまなどの本格昔話を収める。