五輪塔が残る市兵衛長者の跡
どんな伝承か
南烏帽子に栄えた市兵衛長者の跡は今も連綿と続いており、それが鈴木平士の家である。平士家は長者家の分家にあたるが、平士氏の夫人は本家の一人娘でイチといい、長者ゆかりの名を負っている。イチは出雲の神の神託をかしこんで分家の嫁になり、そのため本家の墓を譲り受けて長者の霊を護っているという。墓碑群の中には五輪塔が六基あって三基ずつ二列に並び、ほかの石塔には倍堂塔妙音墓、桜嘻當、妙安禅定尼などの銘が刻まれている。
原典より
昔栄えた南烏帽子の市兵衛長者の跡は連綿と続いている。—— 猪苗代町史 第2集(民俗編)――昔話と伝説(猪苗代町(編)・猪苗代町史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
猪苗代町史 第2集(民俗編)――昔話と伝説(猪苗代町(編)・猪苗代町史)
『猪苗代町史 第2集(民俗編)――昔話と伝説』は、猪苗代町の町史民俗編のうち、第十一章「昔話と伝説」を収めたものである。町内の話者から聞いた方言まじりの昔話と、楊枝峠の力松、皿沼物語、木地小屋村の大蛇、大恩寺の化け灯篭、首なし地蔵、吾磐椅の鬼婆、磐梯明神など、町内の地名や寺社にまつわる伝説を載せる。昔話は動物昔話と本格昔話に分け、伝説の末尾に『新編会津風土記』『耶麻郡誌』などに載る伝説の題を挙げた伝説追補を付す。