不幸を招く山姥のかもじ
どんな伝承か
昔、元御家人の佐藤伊賀蔵は浪々の果てに大原新田村へ落ち着き、ケツリを業としていた。布森山で仕事をしていると弁当を食われることが続き、ある日若い娘が現れて削る木を動かして邪魔をする。伊賀蔵は隙をうかがって捕えようとしたが、頭の髪だけを残して逃げられた。この髪が山姥のかもじとして伝えられる。その夜から山姥は七晩通って返してくれと懇願したが伊賀蔵は応じず、翌朝、幼児が家の前の杭に田楽刺しにされて死んでいた。かもじは持てば不幸が続くといわれ、小田村の孫七、白津村の孫左衛門、若松の質屋へと質入れされて回り、行く先々に不幸をもたらしたという。
原典より
元御家人佐藤伊賀蔵という人、浪々の果て大原新田村に落ち着き、ケツリを業として生活していた。—— 猪苗代町史 第2集(民俗編)――昔話と伝説(猪苗代町(編)・猪苗代町史・自治体史(民俗)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
猪苗代町史 第2集(民俗編)――昔話と伝説(猪苗代町(編)・猪苗代町史・自治体史(民俗))
福島県猪苗代町(会津)に伝わる口承を語り手付きで網羅する。昔話は猫と単・ほととぎす・かちかち山・猿蟹合戦などの動物昔話、五月節句の菖蒲とよもぎ・澄子と清子・朝鮮の桃太郎・話三両・亀ヶ城の女中の一つ目小僧・花咲爺さん・竹の子童子・猿むこ入り・笠地蔵・こぶ取り爺さん・姥捨て山・片目の爺さまなどの本格昔話を収める。