賽銭に由来する千貫岩と鷲
どんな伝承か
吾妻山権現の表参道である妙見口から桧原川に沿って二里ほど上ると、秋元の部落の手前、白布山の西端に聳え立つ岩がある。ここは妙見口すなわち表参道の一の鳥居にあたり、吾妻山が繁盛した時代には賽銭が一日に千貫ずつ上がったので千貫岩と名付けられたという。またこの岩の上には鷲が巣を懸け、秋元の部落の犬や猫、時には幼児までもさらって餌としたので、人々は弓を射掛け鉄砲を撃ち上げて獲ろうとしたが、高くて届かなかったと伝える。磐梯山の破裂で岩は埋まり、鷲の巣の跡は人の腰ほどの高さになり、さらに築堤によって湖水の中に沈んでしまった。
原典より
吾妻山権現の表参道(御沢掛け参道)妙見口(名家口)から桧原川(現長瀬川)に添うて上ること約二里、顕現(秋元)部落の手前白布山の西端に聳え立つ岩がある。—— 猪苗代町史 第2集(民俗編)――昔話と伝説(猪苗代町(編)・猪苗代町史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
猪苗代町史 第2集(民俗編)――昔話と伝説(猪苗代町(編)・猪苗代町史)
『猪苗代町史 第2集(民俗編)――昔話と伝説』は、猪苗代町の町史民俗編のうち、第十一章「昔話と伝説」を収めたものである。町内の話者から聞いた方言まじりの昔話と、楊枝峠の力松、皿沼物語、木地小屋村の大蛇、大恩寺の化け灯篭、首なし地蔵、吾磐椅の鬼婆、磐梯明神など、町内の地名や寺社にまつわる伝説を載せる。昔話は動物昔話と本格昔話に分け、伝説の末尾に『新編会津風土記』『耶麻郡誌』などに載る伝説の題を挙げた伝説追補を付す。