桔梗が咲かない名家の里
どんな伝承か
名家の鎮守である妙見さまは、相馬の平将門を祀ったものと言い伝えられている。将門は桔梗の前という女に背かれて命を落としたため、この土地では桔梗という花そのものを嫌い、名家には桔梗が咲かないとされてきた。明治三十八年ごろ、水害を防ぐために村を囲む堤を築き、隣の酸川野から運んだ芝を張ったところ、芝に混じった桔梗が一年か二年は花を開いたが、やがてひとりでに絶えてしまった。明治二十一年の磐梯山の破裂のあと、その土で磐梯山と名家西山の間の谷を埋めたときも同じで、同じ土を入れたはずなのに名家の側だけ桔梗が生えず、隣村の側では紫の花が咲きそろっているという。
原典より
名家の鎮守妙見さまは、相馬の平将門を祭ったといわれている。—— 猪苗代町史 第2集(民俗編)――昔話と伝説(猪苗代町(編)・猪苗代町史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
猪苗代町史 第2集(民俗編)――昔話と伝説(猪苗代町(編)・猪苗代町史)
『猪苗代町史 第2集(民俗編)――昔話と伝説』は、猪苗代町の町史民俗編のうち、第十一章「昔話と伝説」を収めたものである。町内の話者から聞いた方言まじりの昔話と、楊枝峠の力松、皿沼物語、木地小屋村の大蛇、大恩寺の化け灯篭、首なし地蔵、吾磐椅の鬼婆、磐梯明神など、町内の地名や寺社にまつわる伝説を載せる。昔話は動物昔話と本格昔話に分け、伝説の末尾に『新編会津風土記』『耶麻郡誌』などに載る伝説の題を挙げた伝説追補を付す。