弁慶に討たれた荒人を祀る社
どんな伝承か
頼朝に追われた義経が奥州へ向かったと知らせが届くと、頼朝は要所に豪勇の士を差し向けた。渋谷荒人は磐梯山の東麓へ遣わされ、川上に居を構えて渋谷村の北出口の大きな石の所に出張り、毎日義経の来るのを待ち構えていた。ある日十人余りの山伏が通りかかり、その中に弁慶を見つけた荒人は襲おうとしたが、旧知の弁慶と一騎討ちで決着をつけることになり、遂に捻じ伏せられて首を斬られた。骸は捨て置かれ、やがてその近くに物の怪が立って通行人に仇をするようになった。白津八幡の神主鈴木山城守が蟇目の法で引っ捕えて聞き分け、村名を渋谷と改め、神として祭ったのが荒人神社であるという。
原典より
頼朝に追われた義経が、安宅の関を越えて奥州に向ったの知らせが鎌倉に届くと、頼朝は各地の要所要所に豪勇の士を差し向けて、義経を討つ手筈を整えた。—— 猪苗代町史 第2集(民俗編)――昔話と伝説(猪苗代町(編)・猪苗代町史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
猪苗代町史 第2集(民俗編)――昔話と伝説(猪苗代町(編)・猪苗代町史)
『猪苗代町史 第2集(民俗編)――昔話と伝説』は、猪苗代町の町史民俗編のうち、第十一章「昔話と伝説」を収めたものである。町内の話者から聞いた方言まじりの昔話と、楊枝峠の力松、皿沼物語、木地小屋村の大蛇、大恩寺の化け灯篭、首なし地蔵、吾磐椅の鬼婆、磐梯明神など、町内の地名や寺社にまつわる伝説を載せる。昔話は動物昔話と本格昔話に分け、伝説の末尾に『新編会津風土記』『耶麻郡誌』などに載る伝説の題を挙げた伝説追補を付す。