幹の梅の実が生んだ歌人兼載
どんな伝承か
御天神さまの御神体を背負って来た神官が、須磨の浦から杖にしてきた梅の木を挿したところ、そのまま根付いて大きな木になった。これが幹に実の成る幹の梅である。小平潟のお加和里御前は、幹に二つ一緒に成っていた幹の梅の生の実を食べて身ごもり、生まれたのが兼載だといわれている。生梅を食べて身ごもったというので、小平潟の人たちは今でも幹の梅にかぎらず、どの梅の木でも生の実は決して食べない。兼載は天神さまの生まれ変わりといわれ、幼少から神童の誉れ高く、まだ背中に負われていた頃に、黍を盗まれて愚痴をこぼす母のために歌を詠んだと伝える。
原典より
御天神さまの御神体を背負い申して来た神官が、須磨の浦から杖にしてきた梅の木を挿したところ、そのまま根付き大きな木になったのが、幹に実の成る「幹の梅」である。—— 猪苗代町史 第2集(民俗編)――昔話と伝説(猪苗代町(編)・猪苗代町史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
猪苗代町史 第2集(民俗編)――昔話と伝説(猪苗代町(編)・猪苗代町史)
『猪苗代町史 第2集(民俗編)――昔話と伝説』は、猪苗代町の町史民俗編のうち、第十一章「昔話と伝説」を収めたものである。町内の話者から聞いた方言まじりの昔話と、楊枝峠の力松、皿沼物語、木地小屋村の大蛇、大恩寺の化け灯篭、首なし地蔵、吾磐椅の鬼婆、磐梯明神など、町内の地名や寺社にまつわる伝説を載せる。昔話は動物昔話と本格昔話に分け、伝説の末尾に『新編会津風土記』『耶麻郡誌』などに載る伝説の題を挙げた伝説追補を付す。